気取りのない素朴さが魅力の純朴系こけし
万延元(1860)年、仙台藩作並の木地師に弟子入りした小林倉治が、その後、山形の旅籠町で木地業を開いたのが始まりとされる「山形系こけし」。作並系に最も近いというだけあって、差し込み式の小さな頭や、子どもの持ちやすさを考慮した、細い棒状のすぼまった胴体など、似ているところも多々あります。頭には赤い飾りとおかっぱ頭のような前髪と左右両側の髪、胴には梅や桜などが描かれ、顔には遠刈田系と同じく割鼻が描かれたものもあり、気取りのない表情とともに、素朴な美しさを醸し出しています。
その胴の細さから、作並系とともに“立たないこけし”として知られていましたが、こけしが子どもの玩具から鑑賞用となるにつれ、その胴も太くなっていきました。そんな山形系こけしの産地である山形市では、「全日本こけしコンクール」「全国こけし祭り」とならび、日本三大こけしコンクールのひとつとされる「みちのくこけしまつり」が毎年開催されています。
※木地=塗料を塗る前のお椀やお盆などの木製の器など
※※木地師=ロクロを用いて椀や盆などの木工品を加工、製造する職人
<  工芸品紹介へ戻る
PAGE TOP